#あたシモ

虹の向こう側

Jのこと

Jと知り合ったのは、アメリカに来てまだ一年も経たない頃のことだった。

Jは、フィリピン人で、キュートな顔をしたボーイッシュだ。わたし達がよく遊んでいた頃、Jは一度も自分のことを男として扱ってくれとは言わなかったが、なんとなく、Jを「彼女」というのはそぐわない、メイクもしないしドレスも着ない、いかにもboiなキャラクターなのだった。

(もっとも数年経ってから、見つけたJのFacebookの名前は、前の「女の子の名前」もっと中性的なものにアレンジされていた)

当時、わたしもJと同じくらい髪を切っていて、それをジェルでツンツン立てたりしながら、少しでも女の子にモテようと必死だった。周りには、似たようなソフトブッチの友達が多くて、皆シングルで、学生で、暇で、LAに来たばかりで、可愛い子と見ればよってたかって話しかけようとしてた。TJとかとよく遊んでたあたりだ。

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その頃、ちょうど、友達が、フィリピン人のグループに気に入られて、わたしもそのグループと遊ぶようになった。そこにJがいたのだ。ハスキーな声で、おしゃべりで、笑うとエクボが出るキュートな顔のJ。髪の毛も顔にかかるように決めて、写真撮る時もバッチリ顔を作ってる。わたしはJみたいな子はタイプとは違うのだけど、なんとなくタチ仲間みたいなノリで仲良くなった。身長も同じくらいだし、いつも眼鏡をかけているところも、なんとなく似てた。

と言っても、当時わたしの周りにいて、皆シングルだった「タチ友達」のことを皆信じてたわけではない。Jの親友のチリ人のソフトブッチの子は、わたしが当時付き合ってた彼女に対してマイスペース上のネットナンパをしてきた子だってわたしは気づいてた。その頃、元カノは「この子、振られたばかりで傷ついてるから、かわいそうなの」なんて言ってはいたけど、その子と出会った頃にはもう別れてはいたけど、わたしはめちゃくちゃ警戒していた。もちろんJのグループだけじゃなくて、自分の友達のことも、女の子がらみとなると、全然信用できなかった。

その頃、ウェストハリウッドのクラブで知り合った子に、Aちゃんという子がいた。Aちゃんは、日系人と白人のハーフで、めちゃくちゃ可愛かった。LAに引っ越してきたばかりで、LAの子はあまり着ないようなトレンチコートみたいなのをクールに羽織って、一人ぼっちでフロアを眺めてたのだ。わたしは一目で見て気に入った!ねぇ、名前何て言うの?A。名前可愛い。文学作品に出てくる感じ。目はクリクリだけど、ちょっと冷めててクールな感じで。顔もやばい。Aちゃんは、退屈そうな顔をしてる割には、無視しないで、ちゃんと話してくれた。今思えば、それは、LAに友達いない彼女のデスパレーションだったのかもしれない。それでも、よかった。当時のわたしには。

「ねえ、わたし、あの子、気に入った」一緒にいた子に宣言し、わたしは彼女に捧げるバラの花を買った。そう、バラ売りのローサおばさんはその頃からずっといたのだ。こんなにワクワクするのは久しぶりだった。

けれど、友達も、バラの花束を持ってきたではないか。Aちゃんにすりよっている。おいおい。わたしはカチンと来た。Aちゃんにはじめに声かけたのはわたしだぞ。金魚のフンのよーにくっついてきて、わたしが開拓した女の子をかすめ取ろうとするなんて……それなら自分でナンパすればいいじゃん!陰でコソコソ言い合ってたつもりが、バレバレだったようだ。Aちゃんは、呆れたような顔でわたし達を眺めてた。くそッ。わたしは、情けなくなってバラの花束をアスファルトに打ち捨てた。友情と女の子どっちが大事なんだよ!←ブーメラン。涙。

ま、喧嘩しても、友達とはすぐ仲直りする。翌日、うちらは、J達の来るハウスパーティに行くために、TJのメルセデスに乗っていた。いつになく上機嫌のTJ。「彼女に電話するべきかなぁ?デートに誘うべきかなぁ?」とかいって、クネクネ、デレデレしている。わたしの知る限り彼女ができたなんて話は聞いてないのだが、いったい何の話なんだろう?と聞くと「Aちゃんだよ。ハーフ白人の!遊ぶときは、君も来てくれる」とか言うではないか。あお、お、お、お前もか……。横で友達は、おかしくて仕方ないという顔で笑いをこらえている。TJは、優しくて、おっとりしたいい奴で、ちょっとむっつりスケベなところはあるが、そんなにいつもいつもガツガツ女の子をナンパしているタイプではない。そのTJが、Aちゃんを気に入ってモジモジしてる。わたしはもう全てがどうでもよくなり、Aちゃんのことは諦めることにした。

ま、結局モジモジのTJはAちゃんをモノにすることはできなかった。それどころか、今に至るまで10年間くらいずっと彼女いないんじゃないかな?それはそれでいい。TJは、むっつりスケベで不思議ちゃんだけど、優しくて、いい友達だし。今は、TJの話をしたいわけではないんだから。

Jの話だ。

友達がきっかけでJのグループと話すようになったわたしだったが、友達がそのグループ内で色恋の揉め事を起こしてからは、自然と自分も疎遠になっていった。それに、もっと馬のあう友達が出来つつあったのだ。わたしは、新しい友達と、ウェストハリウッドではなくて、ロングビーチレズビアンクラブで遊ぶことが多くなってた。

そんな時、Jと、再会した。もう長い間会ってなかった。別にそこまで仲よかったわけじゃないけど、知り合いの少ないロングビーチで会ったことで、びっくりした。酔っ払ってたこともあり、「ジェイ〜〜‼︎久しぶり‼︎」と大げさに挨拶した。ずーっと、Jとは、「いつまで経っても彼女ができないタチ仲間」だと勝手に思い込んでいたのだが、なんと、彼女と一緒だと言う。見ると、どこかで見た顔。「Aちゃんだよ。ゆう、知ってるよね?会った時いたもんね」と。

ええええ‼︎

うちらがどーでもいいことで争ったり、舞い上がったりしてる間に、JはバッチリAちゃんを口説き落としてたんですね。ぶっちゃけ、それを知った時はJを尊敬した。お前、やるやんけ。しかし、一年ぶりに見るAちゃんは、「どちら様?」というくらいサイズアップしていたので、一瞬見ただけでは、誰だかわからなかった。

それから何度かJとはクラブで会った。近くに、二人で同棲を始めたんだと聞いた時もある。もうAちゃんへの興味はまったくなかったのたが、Jへの尊敬の念みたいのは、ずっと残っていた。決してイケメンとか、金持ちというわけじゃないのに、女の子を口説ける秘密が知りなくてしかたなかったからね。でも、時が経ち、クラブで会ったJが「別れたんだ」と肩をすくめた時、そのスゴさが、少し色あせたような気がする。そして、Jと偶然クラブで会うことも少なくなった。

もう、何年も何年も前の話だ。

マイスペースFacebookにとって変わられ、オバマが当選し、同性婚は合法になり、わたしは彼女ができて、同居までいている。

時代は変わるのだ。

今日、Jが亡くなったことを知った。わたしよりも若く、元気でチャーミングさに満ちていたJだから、驚いた。Facebookページには、多くの聖書からの引用や、神という概念を用いて自らを元気付けようとする様子が刻まれていた。そこには、あの頃クラブで一緒に一気したり、踊ったりした時とは、全く違う顔があった。

こうやって書いてみて、改めてわたしはJの事は何も知らなかったと痛感する。わたしはJの友達と言えるほど近い人間ではなかった。

でも、一つだけよくわかるのは、「人生は短い」ということだ。自分のやりたいことをして、たくさん笑って、出会いに感謝しながら、好きなように生きよう。そう改めて思えた。

R.I.P. J