#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

「異常で何が悪い?」は、LGBTに関する正しい知識を持ってからにしてください

photo by aestheticsofcrisis

政治家の「同性愛者は異常動物」という発言から派生した「同性愛は異常か」問題が今、ネットで大変な物議を醸している。

「異常だ!」に対する2つの対応方法

「同性愛は異常*1だ!」と言われた時の対応方法としては、2種類ある。

  1. 異常ではない!と言い返す方法
  2. 異常で何が悪い?と言い返す方法

1つめのアプローチは、相手の設定した土俵に乗ったままで「異常」などの事実認定を否定しようとする方向性。ここでのポイントは、「異常=悪い」という価値観自体は温存している点。「わたしたちだって“普通”なのです!」という主張は、結局どこまでいっても「普通でないもの」の排除につながるのだ。

それに対し、2つめのアプローチは、「異常=悪い」という価値観自体に疑問を投げかけ「“異常”でーす!」と自認することにより、相手の持っていた「異常」に対する価値観を揺さぶろうとするものだ。このような「開き直り」は、過去に性的少数者のコミュニティーではしきりに撮られてきたアプローチだ。例えばかつて「異常」という意味の侮蔑語だったqueerは、1980年代後半から、当事者たちによって、肯定的な自称として使われるようになった。実は、わたしもこっちのアプローチの方が好きだ。

「同性愛は異常ではない」と言わなければいけない場面

しかし、今回このエントリーを読み、どうしようもない違和感を覚えた。

tm2501.hatenablog.com

「「同性愛は異常」←そうだったとして、何?」というタイトルだけ見れば「異常だから何?異常だっていいじゃん!」という、わたしが上で書いた「2つめのアプローチ」っぽい主張に読める。しかし、内容を読んでみたら全然違った(というかそもそも「異常で何が悪い」という価値転倒アプローチですらなかった)。まず、三沢氏はあっさり同性愛は異常であるとする。

同性愛者が異常という人がいる。たしかに、「異常」ではあるんじゃない?

まあここだけだったらいい。わたしの頭が沸騰したのはここである。

 「同性愛を認めれば少子化が進み、国も地方も成り立たなくなる」という心配や言い分自体は部分的には正しい。

三沢氏が「部分的に正しい」と書かれているこの箇所は端的に誤りだ。「少子化が進む」についてはこちらを参照。また、「国も地方も成り立たなくなる」については、同性愛者の権利が認めれた国や地域でそんな実例は一件もない。

異常であったり、世の中で少数派であっても、選択肢は認めてあげるべき。

こんな不正確な認識のままで、「認めて」いただいても、全く嬉しくはない。あなたが認めようが認めまいが、同性愛者たちは、同性とパートナーシップを築くという選択をし、この社会の一員として存在し続けているのだ。

こういう不正確な事実認識に基づいた「同性愛者は異常」発言なのであれば、「異常ですが何か?」と言っている場合ではなく、やはり「同性愛は異常」と主張する人の謝った認識や、無知を指摘するべきだと感じた。

反差別運動

「同性愛者が異常」と「異常だから同性愛者の結婚を認めない」は完全に別物。

三沢氏は同性愛を異常だと感じる「個人的な感想」自体は温存しつつ、しかし社会的制度上の差別はよくない、として、一応は差別的な社会制度に反対しているように読める。

しかし、実際には「同性愛者差別や、今現在も多発しているイジメや犯罪の根幹にあるのは、まさに同性愛は異常であるという考えである。そしてなぜ、「異常」だと感じるのかといえば、それは「無知」だからである。自分がそうじゃないし、周りにもいないし、よく知らないし、見たことない。だから「異常」だと感じてしまうのではないか。

三沢氏は、少数派の選択肢を「認めてあげるべき」と宣言する前に、今自分が語ろうとしている人々に対する知識のなさを、まず自覚してほしい。無知なのはしかたない。わたしも知らないことが沢山あり、さまざまな面で無自覚に、人を踏みにじっている。でも、常に学びたいと思っている。皆、はじめから知識があるわけではないのだ。しかし、そこで立ち止まらず、この機会に少しでも学んでほしい。

いくら、法律上で差別が禁止され、同性婚やパートナーシップ制度が認められたって、周囲の皆が同性愛に対する正しい知識を持たず、「同性愛者は異常」と信じているのなら、同性愛者は生きやすくはならない。

問題は「異常」という言葉ではなく「知識の欠如」

わたし自身は別に異常でも変態でもいい。

わたしが憤りを感じるのは「異常」という言葉そのものではなく、背景にある同性愛者への不正確な認識であり、自らがよく知らない特定の人々について好き勝手語り、彼らの存在や権利を認めたり認めなかったりことができると感じているらしい多数派の傲慢に対してである。そういう意味では、「異常動物」発言も、一見リベラルそうな「認めてあげる」発言も、同じくらい苛立たしい。

しかし、怒っているだけでは何も変わらない。

わたしたちが差別と戦う時になんとか対処しなければいけないのは「異常」という言葉や、「異常」と感じるその感受性自体への糾弾ではなく、まず、その背景となっている正しい知識の欠如かもしれない。

だから、今回の騒動を目にして、「それでも同性愛は『異常』だわ」「同性愛は『異常』だと内心で思っていてもいいけど、権利は認めてあげたい」そんな風に思っている全ての人に言いたい。まずは、「わたしたちのことを、もっと知ってください」と。

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*1:「変態」「普通じゃない」でも可