#あたシモ

虹の向こう側

その作品が「ゲイもの」かどうかは見る人の立場によって変わる

プリティ・リトル・ライアーズ <フォース・シーズン> コンプリート・ボックス(12枚組) [DVD]

プリティ・リトル・ライアーズ、第2シーズンまで観ました。エミリー可愛い。ますます目が離せない。

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というのはさておき、ここでは、ドラマとか作品が、見る人の立場によって全然違うよねという話。

プリティ・リトル・ライアーズは、ゴシップガールデス妻を足したような感じですが、主人公の一人エミリーはゲイなので(そして、可愛いのでw)、わたしはどーしてもそーゆー目でこのドラマを観てしまいます。

でも、プリティ・リトル・ライアーズの皆はかなり別のことで皆苦しんでいて、その一つが「親の離婚」です。アメリカでは離婚がかなり多いのですが、親の浮気を知ったり、離婚や別居という話になった時、子供はどう感じるのか?とか、そーゆーのにかなり焦点が当たってます。

また、養子として育った子の気持ちとかもそうです。そこらへんの多様な親子関係を描いているので、「わ、わかる……」となる人はきっと多いと思う。

下手したら、そーゆー人たちにとっては、このドラマは、「離婚ものドラマ」であって、「親の離婚で苦しむ子供たちのための作品」であると読めなくもないのです。

サウス・オブ・ノーウェアとかもそうです。サウスオブノーウェアは、バリバリビアンドラマ!ですが、実際にそこには、人種問題や、養子の問題などが絡んでます。

デス妻もそうです。ゲイの息子の話は出てきますが、それが物語のメインだと考える人はさすがに少ないですよね。わたしは少しでも同性愛的描写があると、「ゲイもの」に分類してしまいがちなのですが、実は、他の立場の人は同じ作品を違うジャンルの作品としてみているのかも。

アメリカの家族を見るうえで、というよりあらゆる創作物を見るうえで、そーゆー多様な視点は欠かせないものだと思います。