#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

ナポレオン・ヒルの嘘、詐欺、そして成功

実はわたしは「成功哲学」とかそれ系のアレが好きです。

学生時代はそーゆー金儲けには全く興味がなく、むしろ哲学や文学に興味がありました。「正義って何だろう?」とか、それ系ですね。ところが、アメリカに来て、仕事をしていくにつれて、だんだんそういう「世俗的な成功」みたいなものが気になるようになり、「自営業と、経済的自由は違うよな」とか、「経営と投資って一緒なの?」とか、そっちに興味が移りました。いわゆるビジネス書や自己啓発など、いろいろな本を読んだりセミナーに出たりするようになったのはそれ以降です 。

『7つの習慣』や、『金持ち父さん』シリーズからはじまり、尊敬する友達とか、仕事友達が、例えばですが「ジェイムズ・スキナーよいよ」とか「アンソニー・ロビンズの本よいよ」とかそういうことを言ってると、ついつい読んでしまうんだよね。←素直。

実際にそういう本やセミナーから学んだことは少なくないし、実は今この瞬間も日々の生活のなかで取り入れていることは結構あります。

ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』なんかも、そのなかの一つで、英語版の『Think and Grow Rich』はオーディオ版を車の中で聴いたりしていました。この本はかなり古いもので演説調なのだが、英語の勉強になる。また『思考は現実化する』の内容についても、日本語版で一通りは読んでいます。

しかし、最近、この本の著者であるナポレオン・ヒルについて調べていたところ、実は、彼が意外な一面を持っていることがわかりました。

ナポレオン・ヒルの意外な一面

『思考は現実化する』は自己啓発書として20世紀最大の成功を収めたとされる書籍であり、その著者であるナポレオン・ヒルは、現在まで続く、コーチングとか自己啓発系プログラム(トニー・ロビンズとか、『引き寄せの法則』とか、それ系)の草分けといってもよい存在です。

アンドリュー・カーネギーと、ナポレオン・ヒルは、会ったことすらなかった?

ナポレオン・ヒルによれば、若きナポレオンは、既に鉄鋼王として成功を収めて、当時世界一の富豪であったカーネギーから1908年に「500人の成功者をインタビューし、成功哲学をまとめて欲しい」と依頼され、ヘンリー・フォードやトーマス・エジソン、グラハム・ベルを始めとする多くの成功者にインタビューし、その研究をまとめたものが、彼の「成功哲学」である…ということになっています。

しかし、実は、この設定自体が真っ赤な嘘なのでは?と言われています。

ナポレオン・ヒルがこの話を語り出したのは、アンドリュー・カーネギーが1919年に亡くなった後でした。また、アンドリュー・カーネギーの伝記を書いたデイビッド・ナッソーは、カーネギーの人生について調査をした中で、カーネギーとナポレオン・ヒルが実際に会ったという証拠は一つもなかったと言っています。

また、500人もの成功者と会ったという記録は、ナポレオン・ヒルの著書以外には一切記録がありません。500人もの成功者に紹介されて会ったと言うにも関わらず、その手紙や写真などは残っていないのです。唯一、イベントでトーマス・エジソンと撮った写真は遺されていますが、それ以外の写真は全て「火事で燃えた」とされています。

ナポレオン・ヒルの「材木詐欺」

『思考は現実化する』以前のナポレオン・ヒルは、オリバー・N・ヒルとして、さまざまなビジネスを手がけていました。その一つが、アラバマ州で立ち上げた材木会社Acree-Hill Lumber Companyです。

1908年には、この会社は破産しましたが、同時にこの会社が「詐欺」を行っていたことが記録に残っています。ベンダーから後払いするといって材木を仕入れ、それから市場価格よりずっと安い価格で材木を売り飛ばして、ベンダーには材木を支払わず逃げていたのです。ナポレオン・ヒルには逮捕状が発行されました。

「学校ビジネス」の詐欺疑惑

アラバマの材木業者と逮捕状から逃げることに成功し、ワシントンDCに移ったナポレオン・ヒルは、ミドルネームの「ナポレオン」を使い始めます。

そこで1909年に立ち上げたのが、自動車関連の学校Automobile College of Washington。たった6週間で、誰でも車を組み立て、売ることができるようになるという夢のような教育プログラムだという触れ込みで、新聞に広告を出しました。しかし、実際は「毎週がぽがぽ稼げるようになる」と信じて集まった生徒たちは、カーター社の車の組み立て作業員として「無償の労働力」として使われていたのでした。

カーター社がつぶれた後は、ナポレオン・ヒルは、教育プログラムの内容を「車の組み立て」から「車のセールス」を教えるように変更。さらに、新しい生徒を勧誘してサインアップしたら3ドルのボーナスを与えるという、現在でいうマルチ・レベル・マーケティングの草分けのようなビジネスモデルを確立しました。

しかし3年後こちらも倒産。自動車雑誌には「平均的な知性の持ち主ならば冗談としか思えないような、誤解を呼ぶマーケティング素材」だとして詐欺の疑いがあると指摘されました。

さらに1915年には、シカゴで「広告の学校」を立ち上げ、成功と自信をつけるための方法を教えていたナポレオン・ヒル。しかし、1918年には、州の証券取引法(通称ブルースカイ法)に反した疑いで、逮捕状がナポレオン・ヒルに対して出ています。その後学校は閉鎖となりました。

アメリカ大統領に無料でアドバイス?

無数のビジネスを立ち上げながらも、パートナーとのトラブルや、詐欺疑惑がつきまとっていたナポレオン・ヒルですが、本人によれば、1917年〜1918年の間は「ウィルソン大統領のアドバイザーとして働いた」ということなのです。しかも、給料を断って無料で!(とナポレオン・ヒル本人は言っています)。

1918年、第一次大戦のドイツからの降伏の連絡が来た時にも、ウィルソン大統領の側におり「アドバイスを求められた」といいます。

しかし、このようなことは全てナポレオン・ヒルの言い分であり、公式には、ナポレオン・ヒルがホワイトハウスで働いた記録どころか、彼がウィルソン大統領と会ったという証拠すらありません。

いやー、大胆すぎてすごいなーって感じですね。

無数の出版社の開始

その後、ナポレオン・ヒルは『ヒルのゴールデンルール』という雑誌を始めとする様々な雑誌を創刊します。そこで、ナポレオン・ヒルは変名を使って多くの記事を量産し、投資家を得たい会社のために、その企業について虚偽の記事などを書きました。今でいう「フェイクニュース」の走りかもしれません。

起業家とグルになり、投資家に対して、誤解を産む情報を発信したとして、ナポレオン・ヒルは、連邦取引委員会から制裁を受けます。

「自己啓発本」での成功と失脚

このように、詐欺や違法行為すれすれのことばかりしていたナポレオン・ヒルですが、成功哲学について書いた『成功の方法』というシリーズが当たり、富を手に入れます。ロールス・ロイスや広大な敷地を購入し、セレブリティーとなったナポレオン・ヒルですが、1929年の大恐慌で、一気に財産を失うことに。

その後書いた本は商業的な失敗に終わり、ナポレオン・ヒルは、また国中を周りながら、ほそぼそとビジネスを立ち上げてはつぶし、立ち上げてはつぶす、という生活に戻ります。この最中に、妻と離婚もしています。

『思考は現実化する』でのカムバック

このように一度落ちぶれたナポレオン・ヒルでしたが、その後、当時の妻の助けを経てまとめた『思考は現実化する』がヒット。裕福な生活へと戻りますが、妻と離婚の際に、再び多くの富を失います。

「詐欺師の言葉」も信じる人がいれば、真となる。

さて、このナポレオン・ヒルのストーリーを読んでどう思いましたか?

わたしはこういう過去を持つナポレオンの「成功哲学」の信憑性に疑いをかけたいわけではありません。実際多くの政治家や経営者ががナポレオン・ヒルの哲学に影響を受けたと言っているのです。しかし、多くの人がナポレオン・ヒルに影響を受けた結果、こういう詐欺と失敗を繰り返す、まるで「情報商材屋」の草分けのようなナポレオン・ヒルの姿ではなく、彼自身の主張する「成功者としての姿」の方が世の中にはずっと強く流通しています。この現実を目の当たりにして、「それでもナポレオン・ヒルの『成功哲学』に頼ってしまう人の弱さ」「自己啓発本を必要としてしまう私たち」について深く考え込んでしまいました。

今現在も、さまざまな人たちが「新しい生き方」「働き方」を提案し、提示しています。ノマド・脱社畜・地方や海外移住・フリーランス・やりたいことをやって自由に生きる・セミリタイア……いろいろありますよね。

これらの中にはまともなアドバイスもあると思います。例えば、わたしも自分自身(国際結婚などではなく自分の意思で)海外移住した一人として、「日本脱出」をすすめる気持ちはわかります。また、日本ではもっとファイナンスリテラシーや起業が増えるべきだという意見にも同意します。

しかし、なかには「うーん」というものもあったりします。強い言葉で言い切ることで印象操作をしたり、法律的に大丈夫なの?というアドバイスなどもあったりするからです。

それでも、人は「夢」を必ず追い求めてしまうものであり、「夢」や「成功」に向かって人を駆り立てる、彼らの言葉を「真に受ける」人がいる限り、どんな「ハリボテの教祖」も、やがて神通力を身につけていくのかもしれない……。

ナポレオン・ヒルの生涯を調べていて、そんな風に思ったわけです。

(そうそう。これは成功哲学というか宗教ですが、サイエントロジーの創設者「ロン・ハバード」についても同じことを思いましたね。彼もそもそもはSF作家で、「えっ」と思うような荒唐無稽な教義だったのに、あっという間にハリウッド一体の土地を手に入れ、世界中に広がるサイエントロジー帝国を築きあげました)

一度彼らが「成功」を手に入れてしまえば、それらが実はそもそも幻想や嘘の上に基づく砂上の楼閣であったとしても、もはやその「成功」自体は否定できない事実になってしまいます。

ナポレオン・ヒルも、もともとは詐欺師でしたが、その後、今まで脈絡と続く「自己啓発」や「コーチング」などの一大産業の産みの親となったことは事実ですし、彼が数々の失敗を重ねつつも、成功してリッチになれたコト自体、そして今も彼の名が歴史に残っていることは、誰にも否定できません。

「どう考えてもフェイク」なはずのフェイクニュースが、実は人々の考えや行動に影響を与えてしまっているように、「どう考えても偽物」な人が、リアルな力を手に入れてしまっているとしたら……。

わたしたちはその力にどう立ち向かえばいいんですかね?現実に現金を生み出しているというその「リアルな力」の前にはひれ伏さなければいけないんでしょうか?それとも、やはり「嘘は嘘じゃん」と言えるんでしょうか。

参考記事

http://paleofuture.gizmodo.com/the-untold-story-of-napoleon-hill-the-greatest-self-he-1789385645