#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

精神疾患をテーマにしたミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)』が本気ですごい。

Next to Normal

今、ロサンゼルスのリトル東京のアジア系劇場「East West Players」で、2009年のトニー賞受賞作品『ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)』を上演しています。これを観て以来、もうこのミュージカルについて考えることを止められないので、書かせてください!

East West Playersとは?

前提として、このミュージカルをやっていた劇場「East East Players」について紹介します。

エンターテイメントのメッカといえる、ロサンゼルスですが、有色人種の役者の活躍の場は、限られているのが現状です。役者も監督も「白人男性」が多く、原作ではアジア系のキャラクターが、プロダクションの段階で白人の役者がキャストされてしまう「ホワイトウォッシング」も大きな問題となっています。

そこで、アジア系アメリカ人のプロダクション専門の劇場として設立されたのがEast West Playersです。有名なミュージカル作品をアジア系キャストで上演するなどの活動を続けてきました。

www.eastwestplayers.org

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)とは?

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)は、2009年にトニー賞3部門、そして、2010年のピューリッツァー賞 戯曲部門を受賞したミュージカルです。精神疾患に苦しむ一人の女性ダイアナと、彼女の周りの家族の人間模様を描いています。

2009年のトニー賞授賞式でのパフォーマンスの様子。

自らも双極性障害と診断され、薬物乱用にも苦しんだキャリー・フィッシャーがジョークを交えながらプレゼンターを務めています。

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)のあらすじ(ネタバレなし版)

郊外に暮らすグッドマン一家。言うことを聞かない高校生の息子ゲイブに、優等生のナタリー、優しい夫のダンと妻のダイアナ。一見どこにでもあるような幸せな家庭の一日の始まりだが、ダイアナはキッチンの床にパンを敷き詰めるなど、奇妙な行動に出る。

学校でクラシックピアノを練習しながら、大学進学し、両親の元を出ることを夢見るナタリー。そこで、ジャズ好きのヘンリーと出会い、徐々に親しくなる。

精神のバランスを崩しているダイアナを甲斐甲斐しく世話し、医者につれていくダン。実はダイアナは16年前に双極性障害と診断されて以来、服薬を続けているのだった。数え切れないほど多くの薬を処方され、様々な副作用に苦しむダイアナは最後には「自分が自分でなくなった」ように感じるが、医者は「様態は安定した」と判断するのだった。

心の病に苦しむダイアナと、それに巻き込まれて苦しむ家族。果たして「光」は訪れるのか?

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)の感想(後半ネタバレあり)

いや、これは、すごい。すごすぎです。こんなすごい作品を観たのは、いつぶりでしょうか。←語彙w

ミュージカルにも様々なものがありますが、たった6人という少人数で、そして、ミニマルな舞台で、ここまで深く、シリアスで、それでいて笑いを忘れない作品があったとは……!

ロック調のミュージカルであることもあって、RENTを観た時の衝撃に近いものがあります。

心臓を鷲掴みにされるような衝撃と、感情の大波がやってきて、舞台を観ている最中から、恥ずかしいくらい涙が止まりませんでした。泣いていたのはわたしだけではなく、もう観客席はすすり泣く人だらけ。インターミッションでロビーに出たら、大量のティッシュが用意されていました。

家族、親子関係、夫婦関係、精神疾患、喪失とのつきあい方、現在の精神疾患の治療に対する批判、処方薬濫用の問題、記憶とは何か……?

ホント色々なテーマが絡み合っているんですよ。

もうねー。ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)は絶対に世界中の人に観てほしい。

それくらい、衝撃でした。

こんな風に思えたのは、パフォーマンスがよかったというのもあるでしょうね。

アジア系の女優として、ダイアナを演じたDeedee Magno Hallはカトゥーンネットワークの『Steven Universe』をはじめ歌手/女優としてキャリアの長い人で、彼女の歌声がかなり素晴らしかったことが、この観劇経験を素晴らしいものにしてくれました!ダイアナはWキャストで別の女優さんが演じている回もあったのですが、Deedeeが演じる回が絶対オススメです!夫のダンを演じたCliffton HalとDeedeeは実際に夫婦で、過去にも、Wickedやミス・サイゴンなどのミュージカルで共演しています。彼は白人だったので、はじめ「East West Playerのシアターなのに珍しい?」と思ったのですが、二人はきっとニコイチでキャストされるんでしょうねー。流石に息がピッタリ合ってました。

ナタリー役のIsa Brionesは可愛いし、ゲイブ役のJustin W. Yuのムチムチボディと初々しい歌声、癒やし系ヘンリーを上手に演じたScott Keiji Takeda、そして、精神科医とロックスターを演じ分けるRandy Guiayaなどもよかったです。

(はい、ここから先、ネタバレ行きますので、このミュージカルをまだ観ていない人は気をつけてください!)

はい。

よいですか?

あのですね。

わたしは英語でミュージカルを観る場合、歌だけでストーリーを理解する自信がありません。そこで、事前に歌詞を覚えるくらい予習して、内容を頭にばっちり入れておくことがほとんどなのです。でも、ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)は、本当に軽い気持ちで観たので、「精神疾患を扱っている」以上の事前知識がほとんどありませんでした。このミュージカルを観る態度として、結果的にはそれが大正解でした。

だから、「バースデーケーキ」のシーンで、ものすごく衝撃を受けることができたし、その「衝撃」を感じられたことを、すごくラッキーだと思ってるんです。

だからこのネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)は、多くの人に知って欲しいし、多くの人に観てほしいけど、ネタバレはしたくないんですよ……。ああ、でもネタバレせずにどうやって広めたらいいのだ。ジレンマ。

もちろん、「ネタバレ」を知ってしまった後でも、十分意味のあるショーだと思いますけどね。

なぜ、ダイアナはゲイブを「見る」ようになったのか?

生後8ヶ月で息子のゲイブを亡くしたダイアナとダン。ダイアナは悲しみに暮れますが、4ヶ月を過ぎた後も悲しみが続くため「治療が必要」だとされ投薬が始まります。

二人目の子供ナタリーが生まれた時、ダイアナは病院で彼女を抱くことができませんでした。それはきっと彼女が女の子だったから、女の子が生まれたダイアナは、「この子はゲイブではない」という事実をきっぱりと見せられることになり、かえってゲイブの不在感を強く意識するようになったのではないでしょうか?

なぜ、ダイアナは家を出たのか?

Act2の後半で、一人になり「自由になりたい」とダンのもとを去るダイアナ。ダンがいつでも受け止めてくれるからこそ、自らがずっと回復できないような気持ちになっていたのだと思います。「まだ愛している」と言う通り、決して気持ちが冷めたとかそういう理由ではないですよね。

ここで「本当に出ていって生きていけるんかいな」と心配になったわたしですが、ダイアナは実家に戻り、医師の治療を受け続けていることがその後の歌でわかります。

なぜ、ダンに突然ゲイブが「見える」ようになったのか?

夫のダンのキャラは興味深くて、すごくまともそうに見えて、実は誰よりも抑圧されているような気がします。甲斐甲斐しくダイアナの世話をしながらも、実は自らも心のなかにすごく闇を持ってる人ですよね。

医師の診察を受けるダイアナを待ちながら「自分と妻どちらが狂っているのか…」って自問してみたりね。ダイアナの回復を願っている気持ちは伝わるのですが、だからこそ、ちょっと強引っぽいことをしたり。「僕が君の世話をしてるし、僕だけが君をわかっている」的なアピールをしてるのですが、そこも、ダイアナを思ってというよりオレオレな感じです。

「He is not there」と繰り返し、とにかくゲイブの存在を「なかったこと」にするという強引な手法で考えないようにしてきたダンは、ダイアナが自ら「回復したい」という強い意思を持って自らの元を離れた後に初めて、自らが抱えてきたゲイブの問題に向き合わざるを得なくなったのでしょう。それが「ゲイブが見えるようになった」という形で表現されているのだと思います。

だからこそ、最後「カウンセラーを紹介しましょうか?」という申し出に、ダンは同意しているんですよね。これまでずっと「支える側」だったダンですが、実はダン自身も自分の心の傷と向かいう必要があったんです、

このミュージカルは決して「おかしいダイアナと、まともな家族」という構図にはなっておらず、また現実世界においても「まともさ」と「おかしさ」は時に紙一重なことは多いのだと思います。

ナタリーの存在

一見家の中で一番抑圧されて「見えない少女」となってしまっているように見えるナタリーですが、彼女は実は恋をしたり、薬を飲んで奇行に走ったりw 自分なりに自分の辛さを表現する方法を見つけているような気がします。そして、そんな抑圧されながらも自分の「辛さ」を表現できている彼女は、実はダイアナの回復、そして、壊れた家族の再生の鍵になっているのではないかと思います。

最後にダイアナが危機を迎えた時に医者につれていくのは、ダンではなくナタリーだし、ナタリーはダイアナに本音をぶつけることができるのだと思います。ダンはよい夫すぎてこういう本音を言えていないような……。また、ダイアナの方も、ナタリーの声を聞いて、ようやく、ナタリーにゲイブについての事実を打ち明けることができる。

ずっと娘のナタリーと向き合うことができなかった母ダイアナが事実を打ち明けるシーンはもっとも美しいシーンの一つです。

ナタリーとヘンリーのラブストーリーは、ときにダイアナとダンのかつての姿と重なり合い、また、ナタリーは精神の均衡を崩す母の姿に自分の将来像を見て不安を覚えますが、実はこのミュージカルはナタリー=ダイアナという世代の違う二人の女性のサバイバルストーリーなのでは?と思います。

「治りました。めでたし、めでたし」という夢のようなエンディングではなく「普通の人生なんていらない。あまりにも遠い世界の話。でも『普通の隣』なら生きてみたい」とうタイトルにつながるナタリーのセリフへとつながるんですよね。多くの場合「完治」が難しく、一生何らかのかたちでつきあうことが必要な精神疾患だからこそ、こういうのってすごく救われます。

双極性障害の治療のためには何が必要なのか?ネクストトゥノーマルの世界での「回復」とは?

このミュージカルはあくまでミュージカルであり、劇中に描かれていることが医学的に正しいとは限りません。なので、このミュージカルを元に、精神疾患の治療方法について考えるのは適切ではないと思います。

しかし、このミュージカルはかなりリアルで、薬物治療に対するアンビバレントな票、行き当たりばったりな治療についてのアンビバレントな評価や「それでも、今の手段としてはこれしかない」という現実を描いているところや、ECTの副作用、途中で治療を投げ出すことの危険性など、かなり多面的にメンタルヘルスとその治療について迫っていると思います。

劇中でもはっきりと「完治はない」「治療を辞めたら破滅する慢性病」という話がありました。でも「完治」しないとしても、治療をしなくてよいわけではなく、寛解に向けて常に患者は努力をしていかなければいけないのです。

何が「回復」なのか?なぜ、ダイアナの幻覚は戻ってきたのか?

ネクスト・トゥ・ノーマルの作者たちは、単に「幻覚を見なくなることが回復だ」とは考えていない気がしました。どちらかというとダンはそういう考え方(ゲイブのことを考えないようにして、忘れてしまうことが解決)という感じだと思うのですが……。もちろん、「幻覚」を観ることは、「普通」ではないわけですが、結局幻覚を引き起こすほどの強い悲しみというのは、無理やり押さえつけるのではなく、きちんと表現して、自分の感情として認めながら消化していかなければいけないのではないでしょうか?

だから、ダイアナは、二回目にゲイブの幻覚を見た後に、自らの意思で、自らの思う「回復」への歩みを始めたのではないでしょうか?

ECTを拒否したり、家を出たりするというのが、正しい選択なのか、わたしにはよくわかりませんが、彼女は治療自体を放棄したわけではないことが、最後にわかります。むしろ、これらの行動はそれまで治療において受け身だったダイアナが主体性を取り戻している証拠なのではないかとわたしは感じました。

「光」について

このミュージカルでは「光=Light」が重要な役割を持っていて、光の色でその時の精神状態が分かったり、します。また、よくありがちなメタファーではありますが「光」が希望の象徴としても使われています。

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)わたしの好きな曲はこれ!

わたしが音楽的に好きな曲は何と言っても『Make Up Your Mind / Catch Me I’m Falling 』です。これは精神科医とダイアナが催眠療法セッションをする時のクライマックスとなる曲で、ダイアナが自分の過去について初めて語り始めるシーンを表しています。

ここで特にわたしがぐっと来たのが「Make up your mind」という言葉の持つ「自主性」です。精神科医は、「さあ心を決めなさい。あなたは十分強いのだと。心を決めなさい。真実を解き放ちなさい」と語りかけます。

よくなることも、生き延びることも、「あなたが心を決める」ことなのだと……。

力強い精神科医の言葉を受けてか、少しずつ「回復したい」という気持ちを持ちはじめ、息子の死を受け入れようとするダイアナですが、同時に、どこまでも落ちていくような不安を抱えてもいます。この「落ちていく」感は、経験がある人ならわかるかもしれませんが、実はこれを感じているのはダイアナだけではありません。ナタリーも、ダンも、実は皆ギリギリのところ生きていて、「落ちていく」と感じているのです。その感じがものすごくリアルで……。希望と不安と絶望の入り混じったこの曲がすごく好きです。

あとは、ゲイブが弾ける生命力で「僕はこんなに生きている!」と歌い上げる『I’m Alive』も好きです。切ないし、後半のRepriseになると「もう…やめてあげて」感が出てきますけど、それでもこの曲の持つエネルギーと危ない魅力には惹かれます。

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)の好きなキャラクター

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)のキャラクターは皆好きですが、わたしが一番好きなキャラクターはヘンリーです。激しい感情と狂喜が渦巻く舞台のなかでの、一筋の爽やかな癒やし。ホント、君がいてくれてよかったよ……。あとは精神科医も好きですね。

以上、全然まとまってませんが、ものすごく気に入ったミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)』の紹介でした。

まだ映画にもなっておらず、常設シアターもないこのようなミュージカルだと、おすすめしても、どこで観ることができるのかわからず、すごく困るのですが、もしも、機会があったらぜひぜひ!観てください!特に『RENT』が好きな人にはおすすめです。

ロサンゼルスのEast West Playersでは6月18日まで公演しています。

ネクスト・トゥ・ノーマル(next to normal)の評価

  • ストーリーの素晴らしさ ★★★★
  • 楽曲のよさ ★★★★
  • パフォーマンス ★★★★

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↑ゲイであることも「普通の隣(next to normal)と言えると思う。「私たちだって普通です」と主張する方法もあるけど、わたしは「普通の隣」でいいや。とか思ったりした。

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