#あたシモ

虹の向こう側

非社交的断酒宣言

最近、「お酒やめました」宣言しようか迷ってます。

お酒飲む場は好きだし、そーゆーなんてゆーか【社交の潤滑油】としてのお酒の効用は痛いほど理解しているのですよ!

もっと言うと、好きな子に誘われて飲むワインとかは、絶対人生からなくなって欲しくないモーメント。なので、お酒を飲むべき時は楽しく飲みたいんです。

しかし、わたしはおそらくお酒はそんなに強くないタイプ。さらには最近、つきあいのお酒がめっちゃ多くて、しかもそれがあまり楽しくないのです。仕事の話を真剣にする仲間は好きなのだけど、それならシラフでしたいしね。 そして、飲めるキャラなのに「飲んでない」と、「どうしたのー!飲んでないじゃーん」なんて絡まれるのも、ウザすぎて。

「体調が悪い」ってことで飲むのを勘弁して貰おうかな?と思ったりもするのですが、常に体調悪いキャラなのもなんだしね。なので、もう「飲めない」「飲まない」キャラに生まれ変わろうかと考えてるんです。

あと、最近飲み会行きたくないなーと思うのは、自分の中で酔っ払いに対する目線が変わってきたせいもあります。日本にいた時は、それこそ朝まで浴びるように飲んでいましたし、恥ずかしながら「ここは誰?あなたはどこ?」状態だったことも何度もあります。しかし、アメリカに来てから徐々に泥酔する頻度も減り、むしろ周りでもそんなに泥酔したり、だらだら朝まで飲んだり、酔って絡む人とは飲みたくないと感じるようになってきました。

「XX人は〜」とか、雑にまとめることはしたくないですが、日本に行って飲んだり、日本から来た人と飲んでると、明らかに、泥酔具合が深い気がします。

普段大人しい人が、「無礼講」ってことで豹変して大騒ぎするのには心底驚きますし、電車の中でグラグラに揺れながらようやく立っている人とか、ぐわーっと口を開けて寝ちゃってる人とか、ベンチで寝ちゃってる人を見ると、「日本だなぁ」と思います。アメリカの同僚や友達ではまず見ない光景なので。

もちろんそれは、普段自分を押し殺している人たちにとっては有効なストレス解消なんでしょうし、そのハジけっぷりがチャーミング…ととらえられないこともありません。

でも、わたしはそーゆー二面性とか、暴力的なまでの酔い方につきあわされることに、そろそろ疲れてきたんですよね。むしろ常に泥酔する人を見ると「何で毎回こうなるまで飲むんだろう?」と、嫌悪感すら覚えます。ごめーん、覚えてないのーってこっちはバッチリ覚えてるっちゅーの!

わたしの中では、人に迷惑をかけないよう周到な準備をして、サイケデリックなトリップを特別に機会に楽しむ人と、頻繁に泥酔して公共の場で吐いたり騒いだりする人では、後者の方が圧倒的に反社会的だと思いますし、関わりあいになりたくない。

なので、今後、飲み会の機会増えますが、「飲めない」キャラになり、酔っ払いとあんまり深くつきあわなくてよいようにしていこうと考えています。

よくアメリカのアンケートで「お酒を飲みますか?」と言う質問があり「はい」と「いいえ」の他に「Social drinker(社交の場でのみ飲む)」というやつがあるんですが、この逆ですね。社交的な場では飲まないw

※個人的に仲良い人と美味しいお酒を味わうのは好きですので、お友達はこれまでと変わらず誘ってください!