去年全米で大ヒットしたミュージカル『ハミルトン』をまた最近毎日のように聴いています。主役はアレクサンダー・ハミルトン。理想に燃え、恵まれない環境にも関わらず国のために身を粉にして働く正義のヒーロー。これまで、「10ドル札の顔」でありながら、あまりその功績が知られていなかったのに、2017年になって突然ファンを増やしたのがハミルトンだったと思います。
ところが、観劇してからも、その後、歌を聴き込んでも、どうも敵役の「アーロン・バー」が気になってしかたない。
ミュージカル『ハミルトン』のなかでは、アーロン・バーは最後にハミルトンと決闘するという敵役なだけでなく、人に気に入られるためには、自分の考えていることを隠し(talk less, smile more!)、周りの流れを見ながら、自分の立ち位置を決める…、自分の信条がない、優柔不断な野心家のようなキャラとして描かれています。
しかし、わたしは悪役好きというのもありますし、成功するハミルトンに嫉妬するバーの気持ちとかって結構共感していまうんですよね。また「自分だって仕事をしてるのに、偉い人(ワシントンw)に何故か好かれているハミルトンが重宝されるのに嫉妬」とか「密室で大切なことが決められて、自分はその一部になれない」というのに耐えられない、という意味ではアーロン・バーの気持ちがわかるところもあるのです。うぬぬぬ。
「I gotta be in the room where it happens…」と歌い上げるアーロン・バーの気持ちはめちゃくちゃわかります。嫌だよね!自分の知らないところで大事なことがいつのまにか決まっていくの!耐えられないよね!!!!わかる!わかるよ!!!!!
ハミルトンの作者リン-マニュエル・ミランダは、ミュージカル歴が長く、『モアナ』を始めとして多くの曲を作っていますが、そんな長いキャリアのなかでも『Wait for it』と『The room where it happens』は自分の人生のなかでもっともよい2曲であるとインタビューで述べており、実にその2曲ともがアーロン・バーが歌っているのです。それもバーの人間臭さの現れかも?ということで、実際のアーロン・バーってどんな人だったんだろう?と思って調べてみました。
史実と結構違うミュージカル
ハミルトンは、アメリカ独立前後を舞台にした歴史ミュージカルです。元となった「アレクサンダー・ハミルトンとアーロン・バーの決闘」は、子供の頃学校で習うため、アメリカ人であれば、たいてい知っているものだそうです。日本で言う源義経の話とか忠臣蔵的なモチーフなんでしょうな!しかし、史実そのままというわけであなく、当然脚色が入っており、「歴史の教科書」として鵜呑みにするのは危険です。
例えば、ミュージカル劇中では「男兄弟がいない」とされているスカイラー姉妹ですが、実際には、男兄弟もいました。「ハミルトンに恋心を抱きながらも、妹のイライザに譲った」という設定のアンジェリカは、2人が出会った時には、既に結婚していたそうです。
なにより、ミュージカルのなかで「信念がなく、出世のためならコロコロ立場を変える信じられない野心家」と描かれているバーは実は、ハミルトンよりもずっと進歩的な考えを持っており、英雄というにふさわしい人物だったようなのです。
Liberals love Alexander Hamilton. But Aaron Burr was a real progressive hero.
Forget Hamilton, Burr Is the Real Hero
移民の権利
ミュージカル『ハミルトン』は有色人種のキャストをフィーチャーしており、移民排斥を打ち出しているトランプ大統領や観劇に来たペンス副大統領に対し抗議をするなど、多様性を賞賛する内容になっています。しかし、実際にハミルトンが率いたフェデラリスト(連邦党)が実は、移民(イギリス以外から来た人々)が国を率いることに対して反対しており、外国生まれで帰化した移民に被選挙権を与えないとする憲法修正を提案しました。それに反対したのがアーロン・バーでした。当時のニューヨーク議会において、バーは「アメリカは、全ての国で抑圧されている人々に保護を与え、両腕を開いて迎える。我々は憲法上のような神聖な源に基づく重要な権利を、これらの人々から奪うべきだろうか?」
※ちなみに、今は帰化したアメリカ市民は政治家になることができますが、大統領に立候補することはできません。また、ハミルトンが率いた連邦党(Federalist Party)はその後消滅しますが、現在まで続く共和党の源流となっており、ハミルトンに対抗してトマス・ジェファ―ソンとジェームス・マディソンが立ち上げ、またバーも属した民主共和党(Democratic Republican Party)はその後の民主党へと続いています。
奴隷解放
ハミルトンもバーも、奴隷を保持していました。「ハミルトンは奴隷を持っていなかった」というような美化する言い方もありますがハミルトンの実の家族を始めとする多くの証拠がこれを否定しています。ハミルトンの奴隷制に対する考え方には諸説ありますが、バーはいち早く奴隷解放に賛成しています。
女性の権利
また、女性の権利についても、アーロン・バーは、ハミルトンよりも進歩的でした。フェミニズムの先駆者であるメアリ・ウルストンクラフトの考えに傾倒していたアーロン・バーと、妻のセオドジアは、娘に高い教育を与え、そのために3歳の時には読み書きができ、フランス語、イタリア語、ラテン語、ギリシャ語、数学、歴史などをマスターしました。女性が男性と同じように知的であるという考えは当時ラディカルなものでした。
ハミルトンは当時の書簡のなかで、バーのことを他の悪口と並べて「ゴドウィン主義者」(ウィリアム・ゴドウィンはメアリ・ウルストンクラフトの夫)と呼ぶなど、このような考え方に反対していた様子が見て取れます。
庶民の味方
バーは、投票するためには財産を持っていなければいけないとするルールに反対し、ニューヨークで初めて、クレジットを民衆にも与える銀行を開設しました。また、ハミルトンが義理の父とやっていたような家族の支配ではなく個人個人の票がより重みを持つような投票制度を提案したのもバーでした。
結婚
建国の父たちの多くが、成功した入植者一家の出であり、富裕層だったのに対し、ハミルトンは地位も名声も財産もない家に生まれ、しかも若くして孤児となります。ハミルトンは、当時の名士であり、政治家であり富豪でもあったスカイラー家の娘イライザと結婚し、しかしその後「不倫」スキャンダルを起こし、名声は傷つきます。ハミルトンの結婚が、見るからに「逆玉!」なのと対照的に、バーは、夫を黄熱病で亡くしたセオドジアと恋に落ち、愛情に基づいて結婚しました。2人が交わした書簡は、ロマンティックな話だけでなく、政治やルソーの思想、そしてフェミニズムにまで多岐に渡る会話がなされていました。2人は単なる結婚ではなく「成熟した愛情」に基づく平等な関係としてお互いの関係を定義しました。そして、歴史に残る浮気スキャンダルを起こしたハミルトンと異なり、バーが浮気をしたという証拠はありません。
ハミルトンは「坂本龍馬?」
アメリカ人の、独立前後の歴史に対する情熱や「建国の父」たちに向ける熱い視線はいわば、日本でいうと「幕末の志士人気」に通じるものがあるのかな〜と思います。歴史上の人物たちは語り継がれる物語のなかで一定のキャラクターを与えられ、いつしかそれが定着していきますが、「悪役」が定着してしまった人物の功績も今一度見返してみると面白いかもしれません。
ミュージカルのラストシーン『誰が生き、誰が死に、誰が君の物語を語るのか』という歌で、他の「建国の父」たちに比べて、その功績が語られることの少なかったハミルトンの功績が謳われます。しかし、実は本当に、自分の物語が語られることがない「アンダードッグ」はアーロン・バーなのかもしれません。