#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

北原みのりさんからセクハラを注意された話

セクハラについて語ることは難しい。

それは「自分自身」に密接に関わってきて、自分自身を問われることだから。

文字で語ることはいくらでもできるのですが、いざ、それを自分の行動に重ね合わせると途端に心もとなくなってしまう。

ましてや、自分が「加害者」の立場にあるかもしれないとすると、その居心地悪さは尚更のことです。

男性たちが、セクハラの話題となると、身構えたり、脊髄反射的な防御反応を示すのはそれに関係があるかもしれません。

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わたしは、自分のセクハラ行為を指摘されたことがあります。

もう何年も前の話なのですが、

映画祭で、ラブピースクラブのブースが出ていて、わたしはあっ、ちょっと欲しいなーと思って、ノンケの女友達と一緒に、そのブースを冷やかしていたのです。

友達(箱ふぐ)と一緒にいたという照れもあって、わたしは、お店を出していた子(イベントで何度か会ったことのある顔見知りでした)に「一番気持ちいいのはどれ?」と聞いてしまったのです。純粋におすすめを聞くならいいのですが、わたしはなんとなく、「あなたが使った上で一番よかったのはどれ」みたいな感じのニヤニヤ顔で聞いてしまったのです。横に立っていた北原みのりさんに鋭く「それって、セクハラじゃない?」と言われました。わたしはギクッとして、照れ笑いしながらごまかしましたが、内心すごく情けない気分になったことを覚えています。彼女の指摘が正しいことがわかったからです。わたしは「客」という自分の立場を利用して、「店」で働く彼女に対して性的な嫌がらせをしてしまったのです。

「女同士だからいいだろう」
「顔見知りだからいいだろう」
「冗談なんだからいいだろう」

わたしは、無意識のうちに、こんな言い訳を並べて、ハラスメントを働いてしまったのです。

その時は、ブログも書いてなかったし、セクハラについても、あまり知りませんでした。とは言っても、すぐに、自分が恥ずかしいことをしたことがわかりました。それからもう10年くらい経つのですが、今もその指摘を受けた時の恥ずかしさと情けなさを苦く覚えています。そして、しっかり指摘してくれた北原さんには感謝しています。

他にも、後悔してることはたくさんあります。大学のサークルで野球観戦に行った時、ありもしない「伝統」をでっち上げて女の後輩だけにお弁当を作ってくるように言ってしまったこと。わたしが一年生の時はそんな馬鹿なことを言われたことはなかったのに、自分が二年生になったら、一年生に押し付けてしまった……。それ以外にも、他にもハラスメントをしてしまったことはきっとあると思うし、今も「していない」とは言い切れません。相手が男だからって、失礼なことを口走っていることがあるし、「性的」とは違いますが、立場の違う相手に対して、すごく威圧的な態度をとっている自分に気づいて「ハッ」とすることがあります。

セクシャルハラスメントや、パワーハラスメントについて、言葉で理解することは簡単です。でも、いざ自分と周りの人との関係性については、自分が当事者であるため、なかなか客観的に自分を見返すことができない。本当に気を使って丁寧に自分の行動を見つめていかないと、無意識のうちに「ハラスメント」を働きかけない。「自分は絶対やっていない」と思い込まないで、常に「自分が加害者」になる可能性を忘れないようにしなければ、と自分に言い聞かせている。

 

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