「日本って、アメリカの傘の下にあるんでしょ?」
ウーバーの中で、パキスタン人の彼は当然そう言った。わたしは何を言われているのかわからず聞き返した。何の話?
「傘の下(under the umbrella)?」
「つまり、日本って、自分自身の政府を持ってるの?」
びっくりして、一瞬頭が空っぽになった。
「もちろん……もちろん、持ってるよ!」
彼は振り向いた。ちょっと語気が荒くなったわたしを気づかうように、数秒間見つめ、早口でつけたした。
「いや、あの、なんでそう言ったかって言うと……、アメリカ軍が、日本にいて、日本を守ってるって聞いたからなんだ」
「ああ……」
わたしはちょっとうんざりしながら答えた。
「確かに日本には基地があって、アメリカ軍がいるけど、アメリカ軍は、日本以外にも、たくさんの国に基地を置いてるんだよ。日本とアメリカが、友好関係にあって、基地があるからと言って、自国の政府がないわけじゃないよ」
彼は「そうか」と言って、またしばらく考えていた。
「日本の隣の国はどこなの?」
「日本は、島国だから、どことも国境は共有してないよ」
わたしはイライラした感じが声に出ないように、口角を上げてみた。ちょっと冷たかったかもしれないので、つけたした。
「まぁ、でも、近くに韓国とか、中国があるよ」
彼は、ふぅーん、と言ってしばらく黙っていた。
わたしは気まずい沈黙を味わいながら、「でも、一体わたしがパキスタンについて何を知っているだろう?」と考えていた。
わたしの頭に浮かんだのは「印パ危機」だとか、パキスタンの核開発ってどーなってんの?と言う話。あとは、ビリヤニ美味しいよね!って話。あとは……インド人の同僚と働いてるよ!みたいな話。←ものすごく「間違っている」
なんだ、わたしも、パキスタンのことあんま知りないし、平気で「インド人」の話とかしようとしてる。ヤバいじゃん。
「僕の経験から言うとね…」
パキスタンから来た彼は果敢にも、再び口を開いた。
「僕の過去に会った日本人は、みんなちゃんとしてて、お金持ちな気がする」
いやいやいや。わたしとか、めちゃくちゃ庶民…ってゆーか、サンフランシスコでは貧困ゾーンですよ………。そう思いながら、肩をすくめると、彼はまた慌てたように「あくまで!僕の経験だよ!」とつけ加えた。
「んん……」
わたしはもう、どうやって会話を続けるべきかわからなくなり、生返事をして、スマホを見つめ続けた。
早いとこ、目的地に着いて!と願いながら。
でも、わたしも下手したら同じなのだ。
知らない国については、何も知らないのだ。
いや、違う。
ちょっとは知ってるかもしれない。で、ちょっとしか知らないのに、それで「この国の人はこんな感じ」と決めつけてしまっている……そういう場面が必ずあるんだ。