#あたシモ

アメリカで働くレズの徒然

時々読み返すブログ

あっという間に一年の四分の一が過ぎてしまった。

十年以上前から折々に読み返すブログがある。

ま、いくつかあるんだけど。

ひとつは、日本でシェアハウスに住んでいたときの仲間のブログ。その人とは直接連絡取ってはいないのだけど、最近元気かな〜?って時々読む。当時からちょっと人生迷走気味?(というと失礼かもしれないけど、きっと当時のわたしもそういう風に見られていたと思うし、実際そうだったと思うし、ちょっと人生の典型的なレールを外れたような、そんな人が集まる空間だった)な人ではあったけど、紆余曲折を得て人生を切り拓いている感じに勇気づけられる。

もうひとつは、アメリカに来た直後、少しだけ仕事関係でご縁があった方のブログ。直接お会いしたことはないのだけれど、自分と経歴がすこしかぶるので興味を惹かれた方。仕事関係のプロフィールにプライベートなブログのURLを載せていたので、そこをたどって、今でもたまに読んでいる。もう最近は何年も更新されることもなかったりするのだけれど、いっときでもすれ違ったその人が、その後さらにキャリアを発展させて活躍されているのを見ると、同じく身一つで渡米してきた移民の先輩として、かっこいいなと思っているし自分も頑張ろうと思える。

昔の知り合いが今どうしてるか知りたくなったり、人の生き様に興味が出るときというのは、おうおうにして、自分自身が人生を見つめ直したり岐路に立っているときなんだと思う。

わたしのブログも最近は更新頻度がめっきり減ってしまったけれど、たまに誰かが思い出して「イチカワ生きてんのかな?」ってな感じで生存確認したり「人間いろいろあっても意外と生きていけるもんだな」と安堵したりしていただければありがたい。そしてそれが読んでくれている人にとって何かしらの安堵であったりヒントになればこんなにうれしいことはない。

アメリカに来た直後に「ゲイタウンとかパーティの情報発信したい!」とかいうチャラい理由で始めたブログだが、気づけば随分長くなった。

アメリカ人生ゲームに出てきそうなマスには多分全部止まった。3マス戻るとか、罰金支払うとか、多分一通りやったw まだまだ経験していないこともあるけど、「いつかは……!」って夢見てたことの半分くらいはかなった。

そして今、つくづく実感しているのは「未来を計画するのもいいけど、未来は計画通りにはいかない」ってこと。

「今」考え抜いて、人生計画を立てても、未来が思い描いたとおりになるとは限らない。

どんなに「安定してそうに見える道」を選んでも、そうはいかないのが人生。

なら、未来の自分のために「我慢」なんてしないで、自分のやりたいことを、その時々に全力を尽くせばいいと思う。

これも「幸運にも結果的に成功したから言える」バイアスのかかった意見かもしれない(というか確実にそう)。だからあまり無責任に他人様におすすめなんかはできないのだけど。

でも、あのとき「リスク」を恐れすぎて日本にずっといたら。海外に出るという選択肢を取らなかったら、今の自分はいないから。今の自分を肯定するから、過去の選択もすべて肯定する。

社会や環境は必ず変わっていく。でも、変えることはそんなに簡単じゃないよね。

自分自身だって、そう。(これくらいのこと、自分が我慢すればよいだけ)って思っても、我慢できるように思っても、何に喜びを感じ、どういう生き方がしたいのかっていう自分の本質を変えることは難しい。小さいことのようでも、ちくちく心は削られて、幸せはすり減ってく。社会に合わせて我慢したり、自分を変える必要は本来はない。人があって社会があるので、社会のために人があるんじゃないんだから。

自分の周りや社会を変えることが難しくても「どこにいるか」を変えることは、比較的簡単にできる。移動すればいいだけ。場所変えるだけ。変化は怖い。でも、その恐怖を乗り越えて、リスクを取れたら、思ってもみないリターンがあるかもしれない。

<自分が自分らしく自由に生きられる>という。

究極のリウォード。