ニューヨークで予備選があり、トランプとクリントンが大勝しましたが、実はその影に「投票したいのにできなかった」多くの有権者がいました。
ニューヨークの厳しい投票制限
ニューヨークは、アメリカではリベラルな「青い州」として知られますが(保守的な州は「赤い州」)、意外なほどに投票制限が多い州です。
予備選挙には誰でも好きな党の予備選挙に投票できる「オープン」な予備選挙と、事前に登録しておいた支持政党の予備選挙にしか投票できない「クローズド」な予備選挙があります。ニューヨークは、カリフォルニアとならび事前登録が必要な「クローズド」式の予備選挙をしている11州のひとつなのですが、ニューヨークの場合、まださほど選挙が話題になっていなかった去年の10月に政党登録をしておく必要がありました。これは全米でもっともはやい締切りです。さらに選挙人登録自体は、まだ誰もニューヨークで選挙活動を始める前の、3月に締め切られていました。いざ選挙が話題になり、ニューヨークでの選挙活動が活発になった時には投票したくてもできないという人がたくさんいたのです。
実際、ドナルド・トランプの子どもたちはニューヨーク州民なのにも関わらず、政党登録をできなかったので投票することができなかったのです!候補者の家族ですら複雑で、ちゃんとできなかったって….(トランプの家族が特別アレというわけではないと思うw)。
さらに、ニューヨークは期日前投票はなく、不在者投票は、その時に州内にいなかったことを証明しないとダメ、とかなり厳しい。
投票する権利というのは、民主主義の根幹をなす重要な人権ですが、このような制限によって参政権が権利を実質的に侵害されているのではないか?と問題になっています。問題を抱えるのはニューヨーク州だけではありません。最近では、投票所の時間や、期間を狭めたり、投票するために必要な身分証明書を厳しくする州が増えており、民主主義が破壊されると批判を浴びています。また影響を受ける多くがマイノリティだと言われています。アリゾナ州では、投票所の閉鎖などにより、貧しい地域であればあるほど、投票センターが遠く、投票するのが大変になっており、投票するまで5時間も炎天下で待たされた有権者たちが「参政権の侵害だ」として訴訟を起こしています。
投票の権利を認めるというのは、単に「法律上認めます」というだけでなく、実質的に人々が投票したい時に、できるような環境を整備するところまで含まれるべきですよね。
低投票率は現状勢力の維持につながり、既得権者にとっては都合がいい現象です。今権力を握っている政治家たちは、人々が選挙に行ってほしくなんかないので、投票を難しくするような政策をばんばんやりたがるんですが、実際はそういう方向への変更というのは、住民投票なり、他の政治機関の承認が必要にしたりとか、ある程度歯止めをつけることが必要なわけで、そのために「投票権法」という法律が提案されたりもしています。
「一票の価値なんて大したことない」と思う人がいるかもしれないが、そんなことはありません。2000年の大統領選挙では、ブッシュとゴアが大接戦を演じ、結局「票の数え直し」が大問題になりました。結局連邦最高裁まで持ち込む騒ぎとなった*1この事件からもわかるように「一票」って結構、いやかなり大事なんです。
消えた6万人
投票を阻むのは、厳しい投票規則だけではありません。ブルックリンでは、去年の11月15日以降アクティブな民主党員登録人数が6万人以上も減っていることがわかりました。
全国的に見ると、同期間における民主党の登録人数は増えていることを考慮すると、これ、異常です。そして、市や選挙管理委員会の誰もこの理由について説明ができないようなのです。
一般的に、選挙人の登録が非アクティブになるのは以下のとおり。
- 死亡
- 引っ越し
- 重罪人としての有罪判決を受けた者の収監中・執行猶予中
- 過去2回の連邦選挙で投票していない場合
- リマインダーの郵送物が、配達不能として戻ってきた場合
しかし、ブルックリンではこれらの事由が当てはまるのは約1万人だとか。ってことは、残りの5万人はどうなったんだろ?実際「自分はどれにも当てはまらないのに、選挙人登録がいつのまにか取り消されていた!」という人がいるそうです。怖すぎ。
勝手に変わる「支持政党」
怖い話は他にもあります。
上で述べたように、クローズドな州の予備予備選挙「支持政党」として登録しておいた党の予備選挙にしか投票できないのですが、ニューヨークではこれがなぜか変わっていたという人が結構いるのです!「民主党」に登録して、はじめて投票する予定だったら、突然「あなたはどの政党にも登録していません」と言われて、民主党の予備選に投票できなかったという人がいるんですね。「いきなり投票できないって?馬鹿げてる!」と怒りの声を上げる有権者が次々。既に200人以上の有権者が裁判を起こしています。本来であれば、予備選挙は「オープン」であるべきであり、事前の登録関係なしに投票できるべきだというのです。これについては、わたしも「そうだよね」と思います。
ひとつだけ見ると「大したことないじゃない?」とも思えることですが、こうしていくつもの例を見ていくと、民主主義の根幹である「参政権」の直接的な形である「投票」へのアクセスがじわじわと阻害されているのがわかって怖いですね。今後も注目していきたいと思います。
日本の話
日本は住民登録をしておけば、勝手に投票用紙が送られてきて、近所の小学校などで気軽に投票できた……と思うので、わりと「投票の権利」の実質的保障というのはしっかりできているのかなー?と思いました。でも、今後「写真付きの身分証明書の提示が必要」とか「コスト削減のため投票所を閉鎖」とかいろいろな形で投票の権利を実質的に制限する提案が出てくる可能性はありますよね。
*1:この時敵同士として戦った弁護士がセオドア・B・オルソンとデイビッド・ボイズで、この二人は後に同性婚を認めさせるための「提案八号」裁判でタッグを組むこととなる……というのは豆知識。