いや〜!すごいものを観てしまいましたよ……。『ゲット・アウト』のジョーダン・ピールの新作『アス(原題:Us)』です。もうね、怖いし、笑えるし、考えさせられるし、シンボルやほのめかしに満ちた、ほんとチューインガムのように、長く楽しめる作品です。ジョーダン・ピール、マジすごい。
というわけで、以下、映画『アス(原題:Us)』作品紹介と感想です。
映画『アス(原題:Us)』あらすじ(ネタバレなし)
夫と二人の子供と共に、昔過ごしたサンタ・クルーズの近くに戻ったアデレイド・ウィルソン(ルピタ・ニョンゴ)。彼女は子供だった1986年の誕生日に、家族と訪れたサンタ・クルーズのボードウォークで迷子になり、お化け屋敷の中でとあるトラウマ的な体験をしたことで、一時的に言葉を失うという体験をしていた。家族や友人たちと美しいサンタ・クルーズのビーチを楽しみながらも、彼女は徐々に「悪いことが起こる」という予感を強めていく。過去のトラウマと自らの不安を夫に告白した夜、彼らの家にまるで、「自分たち」そっくりの家族が現れた。自らと瓜二つの存在に攻撃される一家。彼らの正体は?そして、子供時代に起こった事件の衝撃の真実は?
映画『アス(原題:Us)』感想(ネタバレなし)
まず、めちゃくちゃ怖いです。驚かせる系の怖さではなく、じわじわ怖い。そして、血の飛び散るシーンもめちゃくちゃ多いので、そういうのダメな人は要注意です。というか、子供や心臓の悪い人にはまったくおすすめできません。
そして、深い。面白いです。考えれば考えるほど、いろいろな解釈ができる。個人的には大好きな作品です。
音楽もねー!いいんです!不気味で、ホント、怖い!
『ゲット・アウト』に続いての、このクオリティ。ジョーダン・ピールは決して一発屋ではなく、真に才能を持つ監督だということを見せつけてくれたと思います。
以下、ネタバレありでお届けします。
映画『アス(原題:Us)』考察(以下ネタバレあり)
以下ネタバレ全開です。
未見の方はくれぐれも気をつけてください!
ラストシーンの意味は?
映画『アス(原題:Us)』の最大のネタバレというかどんでん返しは、アデレイドが子供の頃、お化け屋敷で自分の瓜二つの存在(ドッペルゲンガー)に知り合った時、そこで「入れ替え」が起こっていたということです。
地上に生き、それまでバレエを習ったりしてきたアデレイドは、その後「地下」で過ごすことになり、やがて「レッド」として、地下のドッペルゲンガーたちを率いて地上に生きる人間への反乱をリードする存在になります。
逆に、それまで「地下」で押し込められてきたアデレイドのドッペルゲンガーははじめこそ言葉を話すことができないため、「トラウマによって苦しんでいる」とされてセラピーなどに通いますが、やがて「アデレイド」として順応し、過去に自分が何をしたのかの記憶を押し込めたまま、人間らしい暮らしを楽しみます。
最後に記憶が蘇ったアデレイドは、「何もかも元通りになるよ」と子供を安心させようとしますが、既にドッペルゲンガーたちによる大量殺戮が行われている現実はどうしようもなく変わってしまっています。また息子のジェイソンはその事情を知ってしまったことが、怯えた表情から読み取れます。そんな「現実」を無視するかのような、ラストシーンのアデレイドの微笑み……うああああああ怖いよ!!!
ドッペルゲンガーの使う言語と英語
さて、上の「入れ替わり」とも関係していますが、「私たち(=us)」とそっくりの形をしているドッペルゲンガーたちの一番の特色は、「言葉」です。突然あらわれるドッペルゲンガーたちは、うめき声のような唸り声のような、意味のわからない叫びで意思疎通をしており、英語を話すのは、アデレイドそっくりのレッドひとりです。また彼女の英語も、喉を絞りだすようなわかりづらい発音であり、また「昔々あるところに……」というような、まるで子供が絵本を読み聞かせてもらって覚えたような英語です。
これは、地下のドッペルゲンガーたちの社会では「英語」が使われておらず、ただ1人子供時代に「入れ替わり」をしたレッドだけが子供時代に使っていた英語を少し覚えているためだと思われます。
また「お化け屋敷」の事件の後、アデレイドは喋れなくなり、大人たちは、それがショックやトラウマのためだと思います(観客も途中まではそう信じます)が、実はそれまで地下で過ごしていたアデレイドのドッペルゲンガーは、英語を知らなかったのです。
ラストでこの記憶が蘇ったアデレイド(実はドッペルゲンガー)は、既に死にかけている「レッド」(実は本当のアデレイド)を改めて絞め殺しますが、その時に発している言葉は、英語ではなく、ドッペルゲンガーたちが使っているようなうめき声です。そこで、アデレイド(ドッペルゲンガー)は、本当の自分を思い出し、しかし、本物のアデレイドを確実に殺すことで、自分が手に入れ、享受してきた「人間らしい生活」を守り抜こうとするのです。
ドッペルゲンガーの表すものは?彼らの正体は?目的は?
さて、この地下で生きているドッペルゲンガーたちは一体何ものなのでしょうか?百歩譲って、地下に謎の人々が住んでいる人たちが存在したとして、彼らはなぜ、地上の人々とそっくりなのでしょうか?地上の人間たちと同じタイミングで同じ動きをしてきたのでしょうか。
これには、クローン人間?だとか、色々な解釈が可能なところですが、わたしは、あえてここは「これはあくまで、『彼ら』も『私たち=us』と同じなのだということを強調するためにとられた『表現手法』であると考えます。
つまり、わけのわからない言葉でうめき、残酷で、私たちを攻撃してくる『彼ら』も、実は私たちとまったく同じ人間であり、その「どちら側」に自分が生まれたかというのは全くの偶然に過ぎないのです。そして何かあれば、私たちは地下に押し込めらていた可能性があり、彼らは地上に出てきて、太陽と海と風のすべてを味わい享受していたかもしれないのです。
これは、実は現実社会にある社会階層ととても似ています。ゲートとプールのある快適なコンドミニアムで暮らすわたしと、トレイラーパークのモバイルホームで暮らす家族と、そして、ビバリーヒルズにある超高級邸宅で生まれ育った子供たち、一体何が違うのでしょうか?わたしたちの才能や能力、そしてこれまでしてきた努力の量や質ににそこまでの差があるのでしょうか?
実はそうではありません。
一歩間違えば、わたしがあそこにいた可能性だってあるし、彼らがここにいた可能性だってあるのです。
わたしが今ここにいるのは、完全に偶然、徹底的に神様の気まぐれにすぎないのです……!
その「偶然性」や「交換可能性」を強調するために、地下のドッペルゲンガーたちは、地上のわたしたちと同じような格好をし、同じような行動を取っているのだと思いました。
彼らが「お前たちは何ものなんだ?」と聞かれた時に「アメリカ人だ」とさらっと答えているところにも、それは現れているのです。この一見SF的な設定は、実は痛烈な現実に対する風刺なのだと思います。
「手をつなぐ」ことの意味は?
ドッペルゲンガーたちは、はじめに裏庭に登場する時も、手をつないでいますし、ラストにもものすごい人数の人々が「手をつないで」います。彼らはなぜ手をつないでいるのでしょうか?「自分の本体」を殺した彼らの目的は?何を求めているのでしょうか?
秘密は『Hands across America』という1986年に実際に行われたチャリティープロジェクトです*1。アデレインはテレビでこのコマーシャルを眺め、そして事件のよるもそのTシャツを着ていました。このプロジェクトはWe Are the Worldなどを企画した人物が始めたもので、飢餓撲滅を目的としたものです。わたしはやはりここに「階級差別」とそれによって引き起こされる不当なほどの富の偏在に対するメッセージを読み取りました。
人々の目的は殺戮や、また単なる地上の自分の暮らしを乗っ取ることでもない。彼らは、自らが置かれてきた存在とその恨みについて表明した後は、単に「平等な社会」を求めていただけなのでは……?
そんなことを思いました。
映画『アス(原題:Us)』評価
2019年3月22日に公開された『アス(Us)』は、公開後の週末に70億円を超える興行収入を上げる*2と共に、ロッテン・トマトでは94%という高評価を得ています*3。
- 恐怖度 ★★★★★★
- 社会派度 ★★★★★
- 笑える度 ★★★☆☆