今日アメリカでAppleのVision Proが一般発売された。値段は3500ドル。日本円では約52万円……うう、高い。
庶民にはなかなか手が届かなそうなガジェットだが、既にこれまでインフエンサーわ一部のテックジャーナリストがVision Proを使ったレビューを投稿している。
わたしが実際にVision Proを体験できるのは一体いつになるのか予想もできないが、今日はVR/ARについて思うことをつらつら書いてみる。
初めてVRを体験した時の驚きは忘れられない。ショッピングモールでスターウォーズをテーマとしたシナリオのアトラクションを体験したのだが、めちゃくちゃ臨場感があって、恐怖感なども半端なく、「こりゃすごい」と思った。
その後、Oculus2を購入していくつかのゲームで遊んだが、どうもハマれなかった。わたしはひどいガチャ目で、左右の視力差が大きい。Oculusにはメガネをしている人ようなアジャストメントがついているのだが、それをしても、うまくVRの世界に入ることができなかった。
結局、さまざまなな体験も「視覚」を通じてインプットするしかないのだなというところに現在の技術を感じる。
きっと近い将来、脳細胞に直接ビジョンを投影したら、逆に脳で描いているものを外部から観察できるようになるのではないか。
それは内面の秘密やプライバシーの保護という側面からはブラックミラー的なテクノロジーの悪夢かもしれない。しかし、「夢を録画して何度も楽しみたい」とか、「夢を好きなように操作して楽しみたい」とか、目も使わず、体も動かさずに、リアルな「体験」として世界旅行ができたり、遠隔にある誰かとリアルに親密な関係を築けたりするのかもしれない。
セクシュアリティの探索もよりディープなものになりそうだ。物理的な制約を超えて、より純粋に自分のファンタジーを満たすための試行錯誤がなされる。リアルで行動に移すことできない欲望の実現も図られるかもしれない。Apple自身は、性的なコンテンツに対しては厳しい対応をとるだろうが、一度開発された技術は進化を止めることはなく、独自の発展を続けるだろう。
わたし自身は誰もいない密林に行って散歩するとか、海の中を空気切れを恐れずにイルカと泳ぐ、みたいな、そんなコンテンツを体験したい。