2020年1月26日、午後5時。ロサンゼルスのダウンタウン、ステープルセンターには、グラミー賞授賞式に出席するため、華やかな衣装に身を包んだセレブリティが続々と登場していますが、今年のグラミー賞の盛り上がりに影を落としているのが、二つ。
一つは、当日に伝えられたコービー・ブライアントの急死。グラミー賞の会場となったステイプルズ・センターをホームとしていたレイカーズで伝説的なプレイヤーだったコービーが、当日ヘリコプターの事故で亡くなったことが伝えられました。
もう一つが、授賞式のわずか10日前にレコーディング・アカデミー(グラミー賞の主催団体)のCEO職を停止された、デボラ・デューガンによるレコーディング・アカデミーに対する告発です。デューガンは男性中心的なアカデミーの構成、そしてセクシュアル・ハラスメントなどの内部の批判です。
多様性を巡り、グラミー賞が批判されてきたのは、昨日今日始まったことではありません。グラミー賞は、実はテレビで放映される以外にも無数のサブカテゴリがあるのですが、2012年に、ラテン系など、多くの多様性に関わるサブカテゴリーが廃止され、豪華なメインセレモニーの外で抗議活動が行われました。
朝日新聞デジタル:米グラミー賞リストラ、黒人指導者ら抗議 部門数3割減 - 文化 http://t.co/ij5WsTrp
— イチカワ❄️アメリカで働くレズ (@yu_ichikawa) February 14, 2012
カルロス・サンタナとサイモン&ガーファンクルのポール・サイモンが、30部門を削除することになったグラミー賞へ抗議の手紙を送った http://t.co/9bXieOki
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黒人だけではなくてラテン系のアーティストも多数抗議活動。ハワイアン・タヒチアン・メキシカン・ラテン・ジャズなど多くの賞のカテゴリが廃止された。グラミー会場の外でこんな活動が繰り広げられていたとは。 http://t.co/RRiYg2l4
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2018年には、レコーディング・アカデミーのCEOだったニール・ポートナウがグラミー賞を受賞する女性アーティストや製作者が少ない点につき、女性たちに対して「進歩しなければいけない」と発言したことがバックラッシュを受けました。制度的な差別を問題とするのではなく、女性たち自身の姿勢や努力を問題にしているように聞こえるからです。
デボラ・デューガンは、そんなポートナウの後任として、8月1日に就任しました。レコーディング・アカデミー初の女性CEOである彼女の就任は、それまで17年間ポートナウによって率いられてきたレコーディング・アカデミーがより近代的な組織になるきっかけとして期待されました。しかし、就任後、たったの5ヶ月、グラミー賞の10日前に彼女は「スタッフをいじめた」という不適切行為のために職務停止とされました。
デューガン側は、逆に「レコーディング・アカデミーは、彼女が内部の不正を告白しようとしたために職務停止された」としてアメリカ雇用機会均等委員会に訴えを起こしました。その不正には、グラミー賞の投票の不正から、前CEOのポートナウのアーティストのレイプ、そして、彼女自身に対する性的虐待の訴えまで含まれていました。
特に注目されていたのが、グラミー賞の決定プロセスの不透明さです。ノミネートを決定する場に、関係者とコネのあるアーティスト本人が出席し、本来であれば20曲中18番目にランクしており、ノミネートすらされなかったであろうそのアーティストの作品が「最優秀楽曲」にノミネートされた、というのです。2019年の最優秀楽曲賞はチャイルディッシュ・ガンビーノの『ディス・イズ・アメリカ』が受賞し、ケンドリック・ラマー&シザの『オール・ザ・スターズ』、レディー・ガガの『シャロウ~『アリー/スター誕生』愛のうた』、エラ・メイの『ブード・アップ』、ドレイクの『ゴッズ・プラン』、ブランディ・カーライルの『ザ・ジョーク』、ショーン・メンデスの『イン・マイ・ブラッド』、ゼッドの『ザ・ミドル』などがノミネートされていました。デューガンは名前を上げていませんが、ブランディ・カーライルの代理人はレコーディング・アカデミーの委員会のメンバーであるリチャード・スタンプフであるため、彼女ではないかと言われています(彼女はオープンリーレズビアンで、個人的には応援しているので微妙な気持ちです。)
グラミー賞は、アカデミー賞と同様に会員の投票と、委員会の協議によってノミネート及び受賞が決まりますが、ノミネート「コネ」ノミネートがあったおかげで、本来ノミネートされ、受賞の可能性があったアーティストが受賞できなかったわけですよね。デューガンは、こういった「コネ・ノミネート」が他のジャンルでも同様に行われていたことを示唆しています。
このような重大な告発が、CEOを務めた人物によってなされているために、きらびやかなグラミー賞の授賞式にも「この結果って公正なものなの?」という疑いが影を落としているのです。
デューガンは、各種メディアに出演し、問題はグラミー賞だけではなく、レコーディング・アカデミーという組織自体の問題だと訴えており、白人男性が支配的で#MeTooの告発などに揺れている映画業界と並び、米国エンタメ界に根深く残る不公平な現状が印象に残ります。
テイラー・スウィフトは今回、最優秀ポップ・アルバム、最優秀楽曲、最優秀ポップ・パフォーマンスなど3部門にノミネートされており、サプライズ・パフィーマンスが予定されていましたが(←こーゆーのはサプライズと言わないのではw)、急遽これをキャンセルし、授賞式にも欠席することをを発表しました。彼女の欠席の理由は定かではありませんが、一部では女性の権利擁護を求めるスウィフトによる、デューガンへの連帯の意思を示していると言われています。