読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

#あたシモ

虹の向こう側

「人生」というレースを一緒に走るパートナー

photo by Peter Mooney

人生のパートナーとの相性は、マラソンを一緒に走れるかということに似てる気がます。

マラソンってだいたい、皆走る速さ違うんですよね。練習の時ならインターバルで追いつけるけど、レースともなると、かなり差が出る。そんな時にどうするのか?お互い自分の好きな速さで走ってゴールで待つのか、それとも、励ましあいながら、あくまで一緒に走るのか。

わたしとFionaは、どちらかと言うと二人とも負けず嫌いなので、競って自己ベストを出そうとするタイプです。練習でも、どうせ同じ周回コースを走るので、ペースは別々。でもたまに、他の子や、友達カップルと長距離の練習すると、速いほうが彼女に合わせて走ってるのは結構あるし、あと、速いはずの友達が一緒について走ってくれて、いろいろアドバイスとか話しながら走ってくれると、嬉しいし、「これがカップルのあるべき寄り添い方なのかな?」とかふと疑問に思ってしまいます。あと、彼女が靴ズレした時に、わたしじゃない、彼女と一緒に走ってくれてた子が絆創膏を持ってて貼ってくれたのですが、彼女的には「本来はこーゆーのは彼女の仕事なのに、どうしてユウは先に行って気づかないのか」と不満そうでした。

なので最近一緒に走ることを意識してるんです。でも彼女と2人の時は、そもそもスピードが一致しないし、やりたい練習がお互い違うのです。彼女は、速めの一定のスピードでジョギング、わたしは歩きと走りを組み合わせるインターバルトレーニングで、普通にしてたら彼女には追いつかないし、気づくとまたバラバラに走ってるんですね。

これが、単にマラソンだけの間なら割り切って「自分のペースで走ろうね!ゴールで会おうね」というのは全然あり。

でも、一生続く「人生」というレースの中では、そうはいかない。

自分が自己新記録出している時に、パートナーは後ろで倒れて、メディカルテントに運ばれている、とかシャレにならないもんね。「ゴールで待ってたけど、あいつ、とうとう最後まで来なかったな……」とか。

人生においては、怪我とか病気とかそーゆーアクシデントって絶対あるし、パートナーなら、そういう時自分自身のペース配分とか目標とかを押し通さず、相手につきそうべきなんですよね。

お互い思い切り利己的になって、もっとも自分ベストが出るよう行動していたら、結果的に2人共同じくらいの速さだった、とかがもっとも「相性のよい相手」なのかなーと思いますけど、でも好きな相手とスピードが同じとは限りません。違うスピードで走る相手に合わせつつ、自分にとっても意味のある走りにしていくことは大事かなーと思っています。

というわけで最近はFionaと「一緒に」走ることに凝っています。