#あたシモ

虹の向こう側

レアジョブが本気で日本人の国際化を手助けしたいのなら、まずは差別について学び、人権感覚から磨いてほしい。そして率先して、国際的に通用するような差別禁止施策をとってほしい。

レアジョブ会長である加藤智久さんのこんなブログ記事を読んだ。

ameblo.jp

読んだ直後は、「うわ!これは何か反応しなければ」と思ったのだが、どう書けばよいか、しばらく悩んだ。

ブログからは加藤さん自身の「LGBTを“差別”しているつもりはない」という気持ちが痛いほど伝わってくるため、頭から「いや、それが差別なんだって!」と言っても、伝わらないし、お互い不幸なだけだよなーと思った。

加藤さんは、ここで「そもそも差別というのは、論理的でない理由、所属する組織の目的に関係ない理由で、人を不快にする行為だと思う」と述べ、ご自分で考えた差別の定義に基づいて論を進めている。

しかし、これが、LGBT活動家をはじめ、多くの活動家が撤廃を目指している「差別」とは意味が異なりすぎている。「差別」について独自の定義を「差別禁止」について語っているので、かなりズレがあるなーと思った。

ここで、改めて「差別とは何か」とか「差別を禁止するとはどうこうことか」について考えておきたい。

加藤さんは、差別を上のような「人を不快にする行為」という、あくまで個人の行為としてのみ捉えているが、差別って、こういう「あいつがXXだから嫌がらせしてやろう」的な形で現れるとは限らないし、「差別禁止」を求める活動家も、差別が「不快だから」やめてほしいと主張しているわけではない。

もちろん、「人を不快にする行為」、つまりハラスメントは、差別の現れの一つであり、差別をなくすために大切なことだ。でも、それ「だけ」が「差別禁止」の内容であるかのような加藤さんの語り口には、ものすごく違和感があった。別に、当事者を不快にさせない差別っていうものも沢山あるからだ。

LGBTにかぎらず「差別」は、ある属性が理由で法律上の権利が否定されたり、サービスが受けられなかったり、同じ仕事なのに報酬が低かったり、解雇されたり、不動産の入居を拒否されたり……という形でなされてきた。「差別禁止」ポリシーを打ち出している地方自治体や事業者は、そういう差別を許さない、と宣言しているのだ。

他人のリスクの取り方が適切かどうかは、僕が口出しすることではない。

加藤さんはこういうことを書いているが、「差別を禁止する」っていうことは、別に差別する人一人ひとりの「生き様」をどうこうするということでは全然ない。だってそもそも、差別は「一人ひとりの個人の行為」のことだけを指しているのではなくて、社会に組み込まれた不公平な制度のことなのだから。

LGBT差別を禁止するのもまた、差別する側と一緒の行動だと思う。

とか、

むしろ僕は、全ての人の生き方を許容する人でありたいと思っている。 差別をする側も、される側も同様に許容し応援したい。

こういう発言は、一見中立なようだけど、差別を「人の生き方」へと矮小化し、さらに「差別をする側のことを応援したい」と言うことで、この人は「差別を温存する」つまり、差別者の側に身を置いてしまってるのだ。

加藤さんはLGBTの友人も多くいるようだし、社内にLGBTのスタッフもいるようだ。「LGBT差別を許容したとしても寛容ではありえないとは言っておきたい」と書かれているように、加藤さんがアンチゲイとかホモフォビックではないことはよくわかる。だから、叩いたり攻撃したいわけではない。

でも、差別においては、差別を許容するっていうことは、差別に寛容ってことになってしまう。そして、差別に寛容な社会においては、差別する人は、そのコストを払わないですむため、「高いリスクをとっている」ことにはならないんです。つまり、加藤さんのようなスタンスは、結果的に、差別者にやさしい社会をつくってしまうんです。

レアジョブが本気で日本人の国際化を手助けしたいのなら、まずは差別について学び、人権感覚から磨いてほしい。そして率先して、国際的に通用するような差別禁止施策をとってほしい。それが優秀な人材を集めることや、ブランディングにもつながるはずです。

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