#あたシモ

虹の向こう側

「描く」ために最も必要なのは「見る」力

私は絵が好きで、たまにデッサン会に行っている。そこで野望を持ったり、うまい人を見つけてため息をついたり、やる気が出たり、打ちひしがれたりしているわけだが、真面目に絵を描いてる時いつも改めて思うことがある。それは、絵を描く時に大事なのは、描く能力とか表現力というよりも、まず見ることだってこと。この線はどことつながっているか?ここと、あそこでは、どちらに光が多くあたっているか?とか。もちろんその上で線の引き方の上手い・下手などセンスはあるし、「描く能力」は重要なのだけど、まずは「見る」のがとても重要だということを、最近改めて認識した。

これは、書くこと(話すこと)にもつながる。日記や回顧録ならまた別だが、一般的には書こうとしているトピックについて、しっかりと知識を持ち、深く理解してからでないと、よい文章を書いたり、わかりやすく説明することはできない。そう考えると「書く/話す」ためには、まず「読む/聞く」能力がとても重要なのだ。

こんな風に、「何か」についてのスキルを向上させたい場合、実は、真に必要とされるのは、一見その「何か」と反対のベクトルに向いているかのように見える能力である……ということが結構あるように思えた。

他に思いつくことといえば、「語学力」。語学を教えたことがある人ならわかると思うが、母語で読解力や理解力がない子が、いくら外国語を学んでも、母語以上に力がつくことはほぼない(これは、語彙の多い少ないとか、流暢さとかの話ではない。そういうレベルだったら、環境によって、外国語が母語を上回るというのは、充分ありえる)。

あと、恋愛とかセックスネタにおいても、こういう感じの対応というのは探せばいくらもありそうだ。「何か」の能力を伸ばしたい人とか、うまくなりたいと考えていることがある人は、その能力の前提となる「別の能力」に注目してみると、ブレイクスルーがあるかもしれない。