ネットフリックスの歌姫ドキュメンタリーは、過去にレディー・ガガとビヨンセを観ているが、今回はテイラー・スウィフト。
『ミス・アメリカーナ』はテイラー自身の幼少期からのビデオ提供を受け、幼い頃から音楽に打ち込み、成功の階段を登る姿を描いている。このドキュメンタリーのなかで、テイラーが変わるきっかけと出来事が二つある。
一つはカニエ・ウェストたちとの抗争や、ソーシャルメディアのバッシングを経て、大衆が求めるものを与え続け、好かれ続けることはできないと理解したこと。う一つは、ラジオDJにお尻を掴まれたことをきっかけにしたセクハラ訴訟をきっかけに、フェミニストとして、政治的スタンスを公表したこと。
この二つは繋がっていて、基本的には、他人からの承認に飢え「他人から期待される自分」を演じること必死だったテイラーが、徐々に「自分は自分」「何が自分にとって幸せか」という軸を見つけていくのが見どころだ。
カニエ・ウェストやセレブ間のdisりあいみたいなところは、他のハリウッド情報メディア!みたいのがやってると思いますが、わたしが一番興味を持ったのは彼女の政治的な立場の表明について。
そもそもテイラーの政治的沈黙はそれ自体がメッセージになっていた。2016年の大統領選時には、ケイティ・ペリーやレディー・ガガ、他にも多くのセレブリティが「反トランプ」の旗色を明確にするなか、テイラーはそうではなかった。オルト・ライトやネオ・ナチなどの白人優位主義者たちは、テイラーの沈黙を自分たちの主張への同意だと解釈し、金髪碧眼のテイラーのことを「純粋なアーリア人」として崇拝した。テイラーは、「自分は単なる歌手であり、自分の政治的意見が他の人に影響を与えてしまうべきではない」というスタンスを貫き通し、投票日にも、「投票して!」という単純なメッセージを投稿するだけだった。その謎めいたメッセージはヒラリー支持なのか?それともやっぱりトランプ支持なのか?多くのメディアがテイラーのドレスやポーズなどから、隠されたメッセージを読み解こうとしたが、答えはわからないままだった。
米国在住でありながら、選挙権がなく、やきもきしながら大統領選の行方を見ていた当時の私にとって、テイラーのこの態度は非常に苛立たしく、もどかしいものだった。
テイラーの態度はメディアやセレブリティーからも批判された。
テイラーのインタビューを読んでいれば、非常に知的で自分の意思を持っていることはわかる。また何百万人もフォロワーがいる彼女の影響力をもってすれば、少しでもファンにメッセージを届けることはできるはずなのに、そうしないのは、なぜ?米国では、有名人が政治的立ち位置を明確にすることは珍しくないので、余計にそう思えた。そして涼しい顔で写真に写っているテイラーを冷たく計算高い人間に見えてしまったことも事実だ。
しかし、実際には、このような政治的な沈黙は、カントリー歌手としてキャリアをスタートさせたテイラー(とマネジメント会社)にとっては、まっとうなビジネス判断だった。古くからカントリー音楽のファン層は中西部の小さな町出身の白人層で、保守的な価値観を持っていると言われているし、カントリー女性グループのディクシー・チックスが、ブッシュ大統領を批判したことで、その後仕事が干されるといたという事件もあった。テイラー自身は女性やLGBTの権利の擁護に関心があり、民主党的な価値観を持っていた。しかし、それを政治的緊張が高まった「トランプ以降」の時代に公表することは、ファンを失い、売上が下がるリスクだったのだ。
ドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』の後半でのクライマックスが、政治的なスタンスを公表したいと望むテイラーと、マネジメント会社の重役(年配の白人男性たち)との打ち合わせだ。
2018年、テイラーが選挙権を持ち、カントリー音楽の聖地でもあるナッシュビルのあるテネシー州の上院議員選挙では、女性の権利を否定する共和党の候補者がリードしていたことに危機感を覚えたテイラーは、インスタグラムで自らの意見を表明する必要性を覚える。これまではマネジメント会社の意向に従ってきたが、ストーカーやセクハラ訴訟を経験してきたテイラーは、「かつらを被ったトランプ」が当選しそうな状況に、もはや沈黙を続けることはできなかった。
このインスタ投稿をする瞬間がカメラに収められているが、母親やパブリシストに囲まれて、緊張しながら「投稿」ボタンを押してから「きゃーっ!」と騒ぐテイラー。可愛い。
この長いインスタグラム投稿が公開されてからの「大騒ぎ」は知っている方も多いだろう。エンタメメディアだけでなく、メインストリームのメディアが、テイラーの声明を広く報じ、テイラーの投稿後、オンラインの選挙人登録人数は急増した。トランプ大統領は「テイラー・スウィフトの音楽を25%分好きでなくなった」とジョークを飛ばした。
その後、彼女はLGBTの権利の擁護を全面に打ち出したミュージックビデオ『ユー・ニード・トゥー・カーム・ダウン』を撮影し、そのビデオでMTV Video Music Awardsを受賞。その受賞スピーチでも、テイラーはEquality Actへの署名と投票を呼びかけている。
でも、結局、テネシー州で彼女が応援していた候補は、落選してしまった。彼女はその時の経験を元に、歌を作っている。新たに選挙権を得た若者たちに対するメッセージ・ソング『オンリー・ジ・ヤング』だ。
眠れない
ニュースを聞いた瞬間のあの顔
内面で叫んで
時が止まったように感じた
ゲームは仕組まれていた
審判はだまされてる
間違ってる人たちが自分は正しいと信じてる
あなたは数で負けてしまった
今回は
彼らは助けてなんてくれない
自分を助けることに忙しいから
彼らは変えてなんてくれない
だから自分たちで変えなくちゃ
彼らはこれで終わりだと思ってる
でもこれは始まり
戦うのに疲れたなんて言わないで
もう時間の問題
フィニッシュラインはすぐそこだから
走って、走って、走りぬけて
ビデオの最後には、選挙人登録サイトのURLが表示される。
ずっとずっと、クールにすました顔をしてきたテイラーの熱さに、ものすごく、ぐっと来た。