交渉を「始める前」に必ず自分のなかで知っておくべきことが2つあります。
以下、一つずつ説明します。
①交渉決裂した時の次善の策
「もしもこの交渉がまとまらなかったら、自分にはどういう手段が残されているのか?」ということです。これは、交渉用語だとBATNA(best alternative to a negotiated agreement)とか不調時対策案とか言われます。BATNA(読み:バトナ)というのは英語でも完全に交渉学用語でして、日常的には使われません。でもBATNAという「考え方」は日々の生活に役立ちます。
このBATNAという考え方は、『Getting to Yes: Negotiating Agreement Without Giving In』(日本では『ハーバード流交渉術』)という交渉術の古典となっている本で提唱されました。
BATNAの具体例としては、車の個人売買をする時、中古車ディーラーで下取り価格を出してもらってから、個人売買や他のディーラーで下取りの交渉をするような場合です。他のディーラーから「確実にこの値段で買う」と言われていれば、他の交渉の場面で「自分には他のBATNAがある」ということで、ずっと強気に出ることができます。また就職活動において、既に他社から内定を貰っている状態で、他の社の面接を受ける場合などもそうですね!
このように「他の手があるので決裂してもいいと思っている」というのは交渉において大きな力となります。結局交渉というのは「別に交渉が成立しなくてもいい」と思っている方が強い立場にあるのです。
BATNAを決めるためには、まず「可能な選択肢」をありったけ書き出して、そのうち一つ一つを吟味する必要があります。会社や土地の売買など、ビジネスディールの場面だと、ここで計算式が色々出てきます。要はそこで得られるゲインとリスクとコストなどを計算すると、「受け容れるべき最低価格」というのが出てきます。もっとも交渉というのは、いろいろな側面があるので、選択肢と選択肢を比較するのは結構大変です。値段だけでビシっと決まればよいですが、実際のディールには値段以外の要因が絡んでくるからです。
上の例で言うなら、車を売る場合には、値段以外の要因、例えば「引き渡しの日をフレキシブルにしてくれる」というオプションが欲しい場合があるかもしれません。また、就職先を決める場合は、給与以外にも、「福利厚生」「社風」「自宅からの距離」など、お金以外の要因も大きいですよね。というわけで、日々の交渉場面においてBATNAのバリューをカチッと出すやり方はわたしはよくわかりません。
でもまあ、BATNAという「考え方」がまずは大事です。BATNAについては、解説ページがいろいろあるので、興味がある方は参考にしてください。
BATNA | 交渉学と合意形成: mmatsuura.com
交渉術入門(1/4) −交渉に必要な「BATNA」と「RV」って? | GLOBIS 知見録 - 読む
②自分にとっての最低条件
2番目は「最大限妥協した、最低ライン」です。「これ以下なら、もう交渉しない」という点です。売り手だったら「この値段以下なら売らない」買い手なら「これ以上はお金出さない」という値段のことです。英語だとwalk-away priceとかreserved value(RV)といいます。walk-away priceの方が日常用語で、交渉学用語っぽいのがRVです。
でも、日常生活における交渉は、かなり個人的なものも多いため、同じ商品でも、「最低条件」は変わってきます。
例えば、自分が昔から夢だったフォルクスワーゲンのビンテージなバス(しかも可愛い初期型!)で状態がよい奴が売りに出てる!っていう場合、自分にとっての「最低条件」は、ワーゲンバスに興味がない人の「最低条件」とは変わってくるはずです。また自分の経済状況とかによっても、walk-away priceは変わってきます。「どうしても欲しい」っていう場合、高くても買っちゃいますし、でも自分がビンボーな場合は出せる金額も限られてくるし。
この①BATNAも②RVも知らずに交渉することはできますし、実際よくわかってないで適当に交渉してる人はいます。しかし、そうすると、めちゃくちゃな交渉になりますし、損をします。交渉しているうちに「どうしても合意に持っていきたい」と考えてしまう場合などですね。契約が取れても、自分が損をするような契約であれば、契約した意味がありません。
なので、必ず「このディールの最低条件はどこなのか」「どこで交渉を辞めて、立ち去るべきなのか」という点を条件を「交渉がはじまる前」に考えて、自分のなかにしっかりと基準を持っておきましょう。
BATNAもRVも相手に言わない!
BATNAやRAについては、「自分でちゃんと分かっておく」と同時に、「絶対に相手に言わない」ことが重要です。交渉のキモであるこれらの条件を悟られることは、相手に交渉の強みを与えることになるからです。自分の予算・自分の他の内定先・自分が持っている「他の選択肢」や、自分の心のなかで決めている「本当の最低条件」これらは、相手に悟られないようにしましょう。
また同時に、「相手のBATNAを探る」ことが、交渉においてとても大事な戦術になります。これについては、また改めて書きます。